ヨーロッパのエグゼクティヴたちで、ビジネススーツにソックスを合わせる者はいない。ズボンの裾と靴下のあいだから肌が見えることは、野暮であり見苦しいとされるからだ。アメリカでは、ふくらはぎまでのソックスタイプを愛用するエグゼクティヴも多いが、その場合はガーターで留めてソックスが弛むことを防止する。いずれにせよ、ポーズで脚を覆いつつ脚線を強調した伝統は、今日のエレガンスにも生きている。ときおり「イタリア人はネイヅイーのポーズばかりだ」という紹介もあるが、事実ではない。ポーズであれソックスであれ、靴下の色はジャケット、ネクタイ、シャツなどと合わせるようにして選び、必ず靴下のほうを濃くするという文法を守っているだけだ。陽の光に合わせてネクタイを選ぶのと同様に、どのようなポーズを合わせるか、これもエレガンスの基本である。
メンバーとなるには条件が厳しい。認定されると、ワールドの仕入れ部門のWP2に連動して、店頭情報の共有、月々の生産量の確保が容易になる。いうまでもなく、認定されるというのはワールドの専属工場、あるいは主力工場になることだ。現在、これらによる国内生産が八五%にも達している。なぜならファッション商品という特異性から、市場の変化に素早く対応するQRによる少ロット短サイクルの体制が必要だからだ。そしてこの方法が、機会ロスを少なくする方法なのである。収益を高めるための原動力ともなっている。これに対して他社はどうか。多くの企業の生産は国内の労働力に依存するのでなく、低賃金の中国生産などに依存している状態だ。
シーアイランドーサミットとレーガン元大統領の国葬を見ていて、ふと、エドガー・ドガが描いた作品のひとつを思い出した。それは187l年に描かれた『ニューオーリンズの木綿市場』という作品で、画面の中央やや左の綿花の白さと、両面に登場する14人の男の衣裳が鮮やかなコントラストをなしている。14人のうちただひとりが淡い色の上衣を着ているのみで、他はみな黒い衣裳なのだ。机に向かって帳簿を付けている男も、ハイシルクを頭に載せたまま椅子に座って綿花の質を確かめている初老の男も、新聞を読んでいる男も、窓枠に凭れている黒人も、誰もが黒服姿だ。綿花の自さは富を象徴し、男たちがまとう黒服は権力や権威や地位を象徴する。そのように読み解くことができそうだ。2004年のサミットが開催されたシーアイランドはジョージア州のリゾート地で、そのジョージア州を代表する部市がアトランタだ。アトランタと同じくアメリカ南部出身のカーター元大統領やクリントン前大統領がレーガンの国葬で古いドレスコードを守り、その一方で、レーガンを崇めているはずのチェイニーやラムズフェルドがドレスコードから外れたコーディネイトであったのはじつに興味深い。